あなたは今 どこで何をしていますか
この空の続く場所にいますか
結局の所、アリエルはアリエルであって、エミリータでもましてマテリアではないのだと、ドールは既に幾度も自分自身に言い聞かせた言葉をもう一度繰り返した。
丘の向こうで鐘の音が鳴っている。婚礼がそろそろ始まるのだ。
カイルとアリエルが待っているだろう。
そろそろ行かなければならない。
そう思いはするけれど、ドールはまだ、居心地のいいこの草の上から動く気にはなれなかった。
一度死んだはずのファングがアリエルの元に帰ってきたとき、アリエルはファングが生まれ変わったのだと言っていた。
確かに今、アリエルの傍にいるファングは、あのとき死んだファングによく似ていたし、アリエルがそう思いたい気持ちもドールはよく理解できた。
けれど、ドールは生まれ変わりという都合のいい考え方をすることを自分自身に禁じていた。
あれはよく似た、何か別のドラゴンかなにかで、とても都合よく僕らの前に現れたけれど、あれはあのとき死んだファングではない。
いや、もしかしたらあれはファングなのかも知れない。
女神の力を受け継いだアリエルが願ったのならば、もしかしたらそれは現実になりうることなのかもしれない。
それでも、それでも。
もし生まれ変わりなどというものがあると信じてしまえば、ドールの今いる世界はすべてシャボン玉のように儚く消えてしまう。
アリエルがマテリアで、カイルがシビルで、そう思いこんでしまえばとてもこの世界はとてもドールに優しいのだろうけれど、彼らはどれほどよく似ていてもけしてマテリアでもシビルでもありえない。
彼らは彼らの人生を精一杯生きて死ぬだろう。
彼女たちの子供も同じように精一杯生きて死ぬだろう。
そうして命は繋がっていく、彼という命に似せて作られた偽物の傍らを通り過ぎて、愛しい命達はすべて連鎖しながらもひとつとして同じ色を見せることはなく続いていく。
それよりはまだ、キーナやクルマナの命がアリエルに繋がっていると信じた方がいい。それであれば、重ねることも期待することも願うこともなく、ただ彼らの今の幸せのために戦うことができるから。
蒼天は、どこまでも高く遠く晴れやか。
そこを吹き抜ける風は世界のすべてに続いているのだと、遠い昔ダンジョンで生まれた頃初めて知った時、風はどんな色をしているのだろうと幾度も考えた。
手のひらを広げて空に伸ばせば、指の間を柔らかく風が吹き抜けていく。
命とは風のようだとドールは思う。
通り抜けて掠めて自分だけを翻弄して、そして捕らえどころもなく一瞬に過ぎ去っていく。
自分もそんな命が欲しいと昔願った、そして旅立った。
けれど結局ドールが願ったのは自分のための命ではなくて、愛しい命達を守る事だった。
願いは叶った、守りたかった命は今も続いている、だから悔いてはいない、それでもこんな柔らかな風がよく吹く日には、あの面影を思い出す。
街の中で、戦の中で、夢の中で。
いつもいつも、僕は君の面影を探している。
そしてそのたびに、些かもこの思いは衰えていないのだと思い知らされる。
それでもわたしは待っている 巡り会えるその日まで
2007.9.6up