伝えて この想い 風よ星よ
信じて待っていることを
白い墓石が夏の日差しに暑く熱せられて、この時期の墓場はとても暑い。
水を撒けばいいのかもしれないけれど、冷たい水と暑い日差しが何度も続けば墓石に良い訳なんかないから、マテリアは古びた緑色の帽子を目深にかぶって家を出た。
手には受難華のリース。この時期一番いきいきと咲き誇る、十字を冠せられた花。
葬儀の鐘が聞こえてくる。マテリアはリースを持ってそちらに向かった。
白い葬儀の服に身を包んだ一群が、マテリアを見てさやさやとそよいで道を空けた。
小さな街だ、誰の葬儀かは聞かなくても分かる。
「女神様…どうか夫に祝福を…」
涙で頬を濡らした年老いた女性がマテリアに頭を下げ、今は女神と呼ばれるマテリアは静かに頬笑んで花輪を近くにいた子供に預けて、横たわる死体に歩み寄った。
この暑さで、早、死体は痛み始めているけれど、戦場で死臭に慣れているマテリアには何という事もない。
「金と銀を結び、定めの上に光が統べ、アレサに汝迎え入れられん」
祈りの言葉を唇に乗せて、既に旅立った人への手向けに口付ける。
安堵したような女性の啜り泣き。マテリアは花輪を子供から受け取ると、軽く会釈して葬列から離れた。後は故人と親しかった者が思い思いの言葉で別れを惜しめばいい。
マテリアはそのまま照り返しのきつい墓地を歩く。じきフロイドの墓だ。
昨日置いた花は既にしおれて見る影もない。枯れた花を取り除き、新しい花輪を置く。死んだものがどんな花を好んだかなんてもう関係ない。だってこれは死んだもののためではなくて生きているもののためだから。
枯れた花を手にして、マテリアは見晴らしのいい丘へ向かう。
墓も花も祈りも儀式もすべては死者のためではなく残された生者のための儀式、故人を忍び、時折涙して、哀しみを生きる力に代えていくための大事な儀式。
面影は時と共に薄れていく、それが哀しみのひとかけらを担っているのも確かにそうだけれど、いつまでもありありと浮かぶ面影というのは別離の哀しみをよりかきたてるだけのものではないか。
マテリアは丘から枯れた花を河に投げ捨てた。
そして柔らかな草の上に寝そべり、顔の上に古びた緑色の帽子を乗せる。
また、明日も笑って彼を待てるように、いつかは必ず彼が帰ると、明日も信じて待っていられるように。
彼の夢を見たいと祈りながら、女神は緑色した風に吹かれて眠りに落ちる。
孤独と絶望に胸を締め付けられそうになるけれど
思い出に残るあなたの笑顔が わたしをいつも励ましてくれる
2007.9.6up