永く遠い旅路の果てに

 

  ああ、ようやく終われるのだ、と、その魔法人形は瞳を閉じた。

 己の身に迫る火球は避けようもないが、その背中にかばう子供達は、無事に仲間の手に渡されたことを感じることができる。

 あの子供達が逃げ延びてくれれば。
 あの仲間達が逃げ延びてくれれば。

 それで彼の役目は終わる。

 ドールに残された役目は、今この退路を死守することだった。
 それももう、渾身の力を込めたフルフォースでの一撃で相手が崩れ落ちた事を見届けて、思い残すことはない。
 眼前の敵が最後の力で放ったその火球を避けることができないわけではないが、避けてしまえば背後になにがしかの影響が出る可能性もあり。

 だからドールは、その火球を避けなかった。

 崩れ落ちる敵の高笑が聞こえる。

「魔法人形、アレサ王国の守り神!
 貴様も道連れだ、俺一人では逝かぬぞ!」

 全身で炎を受け止めた小さな身体が指先から、さらさらと水晶に光って熱風に流される。
 ドールはただ、静かに笑っていた。
 眼前の敵が、敵としてみていたものが、もう既に意味のないものだということをドールは知っていた。
 アレサ王国にはもう守り神は必要ない。
 アレサの力は、マハルの呪文は、それに頼ってなんとか生きながらえていた過去の脆弱な人間にこそ必要だった力で、長い年月をかけて人間はその力に守られて強くなっていった。

 人間は、既にアレサの女神の加護を必要としないほど強くたくましく生きることができるようになっている。
 そして逃れた子供達と仲間達がその新たな時代の先駆けになるだろう。
 神のいらない時代。

 だからこそドールはここで相手と差し違える必要があったのだ。
 神が力として存在していた旧世界の存在の消滅を、象徴させるために。

 フルフォースに打ち抜かれた敵の身体が、黒くさらさらと流れていく。
 火球に焼かれたドールの身体が、白くさらさらと流れていく。

 すべては風の中、夜に。
 さらさらと、消えて。

 

 誰かの手が、髪を撫でている。
 何もかも白い光の中、朧にかすんでいく中で、ドールにはそれが感じられた。
 この手を、僕は知っている。

金と銀を結び

 何故僕は今まで戦ってきたのだろう

定めの元に光が統べ

 何故あれほどまでに守りたいと願ったのだろう

アレサに我を納めよ

 りぃん、と綺麗な音がした。
 三つの指輪の共鳴音。
 金と、銀と、銅。

 存在がある。
 ドールもまた、今はただのひとつの存在となって、その空間にあった。
 傍らの存在が、泣きたくなるほど懐かしく、いとおしい。
 それは、ドールを知っていた。
 ドールが今まで何をしてきたか、何を思っていたか、すべてを知っていた。

 既に名前も言葉も必要なかった。
 永い永い旅路の果てにドールが行き着く場所にいるために、この存在は今までここで待っていたのだということを、ドールは知った。

 僕は(わたしは)ただ、いつまでも君と(あなたと)一緒にいたかった

 想いだけが真っ直ぐにあふれてくる。
 傍らの想いが、ひたひたとドールを満たす。

 想いも願いも同じであったのだと、それをようやくふたりは知ることができて、それがこんなにも満たされる。

 たゆたう静かな白い空間の中で。
 ようやく互いの欠片を埋めあえたふたりは、ゆっくりと意識を閉じた。

2007..5.20up

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