宮廷の静かな昼下がり。
エミリータがたまにはお茶でもみんなで飲みましょう、というので、ドール手作りの茶菓子と、エミリータの心づくしの紅茶を、シビルが中庭にセットした。マテリアは中庭から白くこぼれるように咲く花を摘んできて、テーブルの上に飾っている。
久しぶりにみんな揃ってティータイム。そんな穏やかな午後のこと。
宮廷にあがるというので、珍しくアーマーではなくドレスを着ていたマテリアが、妙にもぞもぞとしているのを、ドールが見とがめた。
「マテリア?どうしたの?」
「んー。なんか、こう、足がひりひりするのよね。何かしたかしら?」
ドールがカップを置き、椅子からひょいと身をかがめて(…そもそも背丈が小さいのであまりかがめる必要はなかったが)のぞき込むと、動きやすく深めのスリットの入ったスカートから見え隠れする日に焼けた脛に、擦り傷がついている。
「何か、血が少し出てるね。転ぶとか、ぶつけるとかしたんじゃない?」
「あー。もしかして、ここにくる途中に、メイドの一人が転びかけていたのを助けたのよね。手に持ってたコップなんかを落として割っちゃってたから、もしかしてそれかしら」
マテリアは、エミリータの双子の姉ではあるが、王位継承権を彼女に譲り、自分は気ままな生活をしている。もっとも現役の女神アレサを継いだのはマテリアであるから、住んでいるのは宮廷の一部だし、行事や重要な会議には彼女にもお呼びがかかる。
だが普段は、ハロハロの町から一緒に引っ越しをしてきた、病床のフロイド爺やと二人で、ゆっくりとした生活をしている。
宮廷のさほど奥に住んでいるわけではなく、城下町に近い場所のため、彼女自身の意識もあまりハロハロの町にいた頃と変化はないのだが、実はそんな彼女が一部メイドに人気急上昇な事実を本人は知るまい。
元宮廷騎士であったフロイドの影響で、マテリアは正義感が強く、一般の女性には紳士的な態度を取るとっても男前な娘に育ってしまっていた。その上に国王シビルと1,2を争う腕前の持ち主とくる。
気さくで優しく、紳士的で剣も強い、顔も可愛い、しかも血筋はれっきとした姫君。
ああ、これで男でさえあったなら!いやもう、女だってかまわないわ、お姉様!
という熱狂的ファンクラブができているのもむべなるかな。
「…で?コップの後片付けを手伝ってきた、と?」
「ううん、何か、顔を赤くしてふらふらしてたから、抱き上げて控え室まで連れて行ったわ」
しかも、お姫様だっこで。
これで又、しばらく城内がかしましいだろう。
その情景を想像して、ドールの胸にちょっぴり嫉妬めいたものが浮かんだ。
ひょいとマテリアの右足を持ち上げ、傷の部分をぺろっと舐める。
「呪文で治すほどじゃないから、これでいいだろ」
「うん、ありがとう、ドール」
足を預けたまま、マテリアがにっこりと笑って、それを見たドールも独占欲を満たされてにっこりと笑い返した。
「……お前ら」
彼らの向かいの席で、低ーい声でシビルが唸った。
がしゃん、とティーカップをテーブルにたたきつけて怒鳴る。
「そういう事は人目のないところでやりやがれーーー!」
隣のエミリータは顔を真っ赤にして硬直状態。周囲の近衛兵も硬直中。
「「そういう事って、何を?」」
ハモって答える、きょとんとした顔でまったく意識してないマテリアと、笑顔で満足確信犯のドール。
平和なアレサ城内の、そんないつもの昼下がり。